3.11とアルベスピールト。

東日本大震災から6年ということで、この日は多くの追悼番組がありました。
もう6年もたったことに驚きますが、まだまだ震災前の状態に戻れていない方も多く、傷の深さを思います。

3月11日といえば、ZEBRAのアルベスピールトを思い出すという話は何度か書いていますが、油性ボールペンのインクのタフさで6年たってもまだしっかりと書くことができます。

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このボールペンは「労役文具」として勉強用の無罫のノートに縦線を引くために使用していますが、震災の記憶を背負うボールペンが少しでも知的な活動に役に立っていることに、何かほっとするものを感じるのでした。

アルベスピールトと同じくらい震災のことを思い出すのがサクラクレパスのフォームイレーザーWです。

震災の後、ボランティアの求めに応じて文房具を岩手県に送ったことがあったのですが、当然のようにサクラクレパスのフォームイレーザーWを詰め込んでしまい、あとで後悔しました。
すり減る速さのゆっくりした普通の消しゴムを選ぶべきだったのではないかと。

三菱鉛筆の9800もそうで、愚かな猫町はHBを選んだ気がするのですが、あそこは2Bにしておくべきでした。
消しゴムのことも鉛筆のことも子どものこともよく分かっていなかった未熟な猫町。

あの時、文房具のまとまりごとにメッセージをつけたのですが、どういう風に書くべきか本当に迷いました。
つらい人に頑張れと言ってはいけない、ということは分かるのですが、いったいどう書いたら?

結局「頑張れ」的なことを書いてしまったかもしれません。
それよりもどうせ配る際にはがしてしまうメッセージなど、ごみにしかならなかったかもしれません。
猫の付箋に書いた「大阪の文房具屋です…」という書き出しのメッセージを苦い気持ちで思い出します。

唯一のさわやかな記憶は「岩手に文房具を送りたいので文房具を少し安くしてください」と社長に言ったらその場で「このお金も使って」とためらいなく1万円札を財布から取り出してくれたこと。
そして17キロになってしまった重い箱を郵便局まで運ぶのを同僚が手伝ってくれたこと。

あれから自分は何の奉仕もしておらず、自分のことで精いっぱいの情けない日々を送っています。
が、直接東北方面に役に立つことが何一つできなくても、何か社会のために役に立てる人でありたいと思っています。

アルベスピールトはそのことを時々強く自分に思い出させてくれるのです。