無罫派の矜持と享楽。

今さら言うまでもなく無罫好きの猫町ですが、最近数学の放物線のグラフを書いていて、やっぱり無罫最高と思いました。

最初は放物線のグラフが上手く書けたことがうれしくてノートの写真を撮ったりしていたのですが、ちょうどその日にブログの読者である松さんが店に遊びに来てくださり、ノートをはさんで雑談をする中で、無罫の素晴らしさにあらためて気づいたのです。

落ち着いて見ると全然上手くもなんともないのですが、こちらが猫町の数学のノート。

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俺/私のほうがもっときれいに書けるよ、というコメントもごもっとも。
漫画を描いておられる方などはきっともっとつるりとした線が書けるのでしょう。

そういう話がしたいのではなく、松さんに指摘されて初めて気づいたのは直線も定規を使っていないことについてでした。
全然気づきませんでした。
フリーハンドで書くのが当たり前だと思っていたので。

方眼派の松さんはお嬢さんと数学の勉強をする時に方眼のノートが便利だったとおっしゃっていました。
なるほど、グラフなどはきれいに書けそうですよね。
横罫にドットが入ったノートも同じようにきれいに書けそうです。

が、そういうノートだとフリーハンドでグラフを書きたくなくなるのではないでしょうか。
定規さえあてればいくらでもきれいなグラフが書けると分かっていて、あえてフリーハンドのよたよたしたグラフを書きたいでしょうか。

いくら直線に自信があっても罫線と同じくらいまっすぐな線を引き続けることは難しく、どうしても横罫や方眼といった「正解」からずれていきますよね。
自分が横罫や方眼(とくに方眼)が苦手な理由がこれです。

正解をそっと突きつけてほしくないのです。
字も図もまあまあ上手く書けていると思いたいのです。
勘違いして自分の狭い世界の中でいい気持ちになりたいのです。

そんなわけで無罫派の自分は図や表を書くときに定規を使いません。
例外的にノートの端に引く線(ページ数や問題番号を書くことにしている)は定規を使いますが。
これが無罫派のなけなしの矜持であり、何よりの享楽であると思っています。