捨てられないノートなのに。

英語日記の下書きノートは現在3代目ですが、英語日記の下書きノートというのは時の雑記帳を兼ねています。

雑記帳というのは例えば計算用紙や、ネットで見たレシピを一瞬だけ書き留めておくためのメモに使うという意味ですが、あくまでも雑記帳なのでこれらはいずれ捨てられる運命にあります。

が、どうも3冊目の今のノートは違った色合いを帯びてきてしまいました。

最初は英語日記の下書きを万年筆で楽しんだりしていたのですが、猫が旅立ってからはうまく言葉にならない思いの断片や夢日記のメモ帳になり、最近はそれらと英語日記の下書きが入り乱れ、混沌としてきたのです。

それは同時に何やら愛おしく、これはたぶん捨てられないなという雰囲気になってきました。
書いてある内容も文字もあまりにも輪郭がなく、しかしそれは自分にはとても珍しいことなので。

自分は長く文具店でノートのサンプルを書いてきたこともあり、誰に読まれるわけでもないのに常に整然としたものを書いてしまう癖があります。
下手なりにも丁寧に文字を並べ、話にちゃんとオチをつけ…

しかしそんなことにとても気の回らない日々の記録が残ったこのノートは、雑記帳なのに特別なノートになってしまった気がします。

こんな貴重なノートになるのなら、LIFEやミドリのノートを使っておくんだったと思っても後の祭り。
捨てられないノートなのに、よりによってダイソーのリングノート。

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以前こんな記事も書きましたが、これぞ100均クオリティというノートなのです。

100均ノートの書き味~キリ篇~

もしかして100均文具好きの猫町を思ってのタイミングだったのでしょうか。
もしもこれがLIFEのノートなら思いの断片を書くのも躊躇したのでしょうか。

そういえば猫の遺影を飾るフォトフレームを探しに行った時もそうでした。

最高のフォトフレームを選ぼうと、金額など気にせずとんでもなく素敵なフォトフレームを選ぼうと思ったのに、セリアで素敵な色のフォトフレームを見つけてしまい、それに入れるとまたとてもうちの猫に似合ってしまい…

大好きで大切でたまらないのに100円のフォトフレームなのか…とまた泣けましたが、それら含めて二人の世界観というか、これでよかったのかもなと思ったりするのでした。

今日はハナヲが旅立ってから最初の月命日。
まだまだこのノートにはお世話になることでしょう。
弱気な心を受けとめてくれる100均ノートと鉛筆です。