とよおか忠臣蔵(2)


とよおか忠臣蔵(2)

土地にも歴史にも詳しくない忠臣蔵紀行。

大石りくさんのふるさと

「兵庫県 豊岡(とよおか)」後編です。

(とよおか忠臣蔵(1)はこちら。)

大石りくさんの遺髪塚を訪ねたあと、川沿いを南に下りまして、生誕の地へ。

なんだかこの時の気分が良かったなあ。

土手の道。

霧雨がぱらついてるんですけど、広々して、空気が良いような気がいたしました。

地べたを這いずるかたつむりを避けながら

土手をせっせ、せっせと歩きましてやっとこさ陸橋に到着。

渡りまして目指すはりくさん生誕地。

街に出ると途中、すれ違う男性に

「ジャンパーひきずってますよ」と教えてもらって

「ありがとうございます(汗)」

肌寒いかなと見込んで持ってきたユニクロのウルトラライトダウンは、歩いてるのがよほど運動になってるのか汗ばんでるあたしには持ってても手が暑いくらいなんで、それでカバンのひもにかけておくんですが、この前もあとも何度も濡れた路面にずり落ちた次第。

買ったばかりで折り目がついてるので結んでクシャクシャにしたくない。でも、水たまりには落としてる(笑)。

みなさんはシワと濡れるのと、どっちがアリですか?

途中。

ああ。割烹「理玖(りく)」だって。

いいなあ。ここで接待されたいなあ。

さて、生誕地。

おじいちゃまのお墓に行った時とは打って変わって、スムーズに到着。

「ゆかりの地」にはのぼりが立ってるんでほんと見逃さなくて嬉しい。



▲大石陸女生誕之地

忠臣蔵でいう「但馬のさとに帰る」というのは、

ここに帰ってくる、だったわけですね。

さて!これにて予定はひととおり回れました!

これからあの汽車の中から見た看板を探しに行きます。

(パート1参照。事前にチェックしてなかった

 車窓からたまたま目撃した墓所)
てがかりは「線路沿い」。

適当に線路を目指して進んでまいりますと目の前に図書館が。

こちらはりくさんのお父さんがお勤めになってた豊岡藩の陣屋のあとだそうで。

あっそういえば、りくさんと大三郎くんの直筆の書状がどこかで急遽公開になってるって言ってた!

のぼりが立ってるところを見るとひょっとして図書館で展示してたりするのじゃないかしら。

そうしたらなんて間がいいんでしょう。

しかし

館内をのぞいてみてもそういう気配はなし…

おまつりのチラシやポスターもない…

んま、とにかく展示はココではないと。

(お祭りのチラシ、ここに置いてなかったが、のちにホテルにも無いことがわかった。実行委員の方のメールでは各戸に投函するって言ってたけれど…)

線路沿いに出て歩き出します。

とぼとぼ歩いて

そーだなぁ。300メートルも歩きましたですかなぁ…

をぉ!?

あれだな!

のぼりがでてる!

そうそう車窓から見えたの、これこれ!



▲この階段を上るんですね!?



▲で、ええっと、あ、こっちですね。



▲さらに・・・・・。



▲あ、あちらで。

ん〜

なんだかこれじゃちょっとさみしくないですか吉之進さん。

修行僧だったからへいちゃらかな。

んまぁ…

ん!?



▲丸で加工=もりい

なっなんです

瑞泰寺てなぁ!?

ああっりくさんのご両親のお墓だあ!

これもノーマークだったあ!

あ〜もう、日が暮れるし体力の限界!

明日行けたらいいがなあ。



▲吉之進さん墓所の高台から駅方面をのぞむ。

どうやらあの踏切の向こうに瑞泰寺がある?

まっぴらごめんください。

さて!

ホテルに戻りまして



▲16627歩。

結局、3時間ぐらい歩いてました。



▲ホテルエントランスには

豊岡の特産品のカバン。

こちらのホテルさん、朝飯込みで5000円!

(もっとも予約した楽天の割引も効いている)

おまけにウエルカムドリンクでビール1缶無料でいただける。

くたびれた体にこれは嬉しかったです!

(駅前にホテルが林立していて競争が激しいのかな)

豊岡スカイホテル!オススメ!

で!!!

台風がやはり上陸しちゃうんですねえ!

夕方、SNSでは実行委員さんによってお祭りの中止が発表されました〜!

ガ〜〜〜〜〜ン

残念無念TOHYO--ase2

いやはや、朝は9時半頃から15時すぎまで、いろんな演奏やパレード、出店、ゲストには池乃めだか師匠までお迎えしての第20回のアニバーサリー。もよおしたっぷり用意されておりましたのになんとも残念。

苦渋の決断には断腸の思いであったろうことはお察しするにあまりありすぎ。

お気の毒としか言いようがありません。

(んま、あたしもたいがい気の毒だけど)

それでも、そもそも屋内で催しが予定されていた、りくさんと大三郎くんの書状の展示。

市役所でやることが判明したんですが、これは決行ということで。

ただ、帰れなくなったらコトだってんで、この日のうちにあわくって帰りの切符の時間を夕方から朝に変更しちゃったんですよね。

何時から展示やってるのかどう検索しても出てこなくて、市役所なんて8時半からだろうと予想して手配。

そしたら切符の手配の後になってSNSのほうに問い合わせのお返事をいただいて、なんと展示は9時半から。

んわちゃ〜っ!あたしの帰りの汽車はその数分後に発車…

ん〜〜、いいや。朝飯食べたら押しかけてみよう!

雨<翌朝>雨

雨脚は前日より強くなり、どうあがいてもステージイベントやパレード、屋台村は無理。

逆に未練も断ち切れるというものですわい。

ホテルの朝飯は和食バイキングで小柄なおばさまが愛想よく切り盛りしていらっしゃる。

(レストランの名前が「くすくす」っていうんで上機嫌)

「お冷はどれですか?」

「えっ? ああ、お水ですか。お持ちいたします」

「これはこのお出汁でいただくんですか?」

「えっ?」

「旅先でいただく朝食は格別ですな」

「えっ?」

この人、耳が遠いわけではなくあたしの言語形態が性に合ってないらしい。

「アサメシうめえやっ(^^)」

と言い直したら「ああ」と言ってニコニコおかわりをよそってくれた。



▲ホテルの朝ごはん、だいすきっ!

チェックアウトして、雨の商店街を行って市役所に着くと、9時をすこし回ったところでこの日やっていた衆議院選挙に雨の中パラパラと人が集まってきていた。



▲レトロな復興建築の市役所(選挙の投票所だった)。

隣接する棟の展示場では、準備が昨日のうちに済んでいるようでスタッフさんは何人もいたがせわしない感じではなかった。

開場前だが、お願いするとこころよく入れてくださった。

言ってみるもんですなあ!



▲中央の「生花こども作品展」を囲むように歴代「りく娘」さんと忠臣蔵資料が掲げられています。



▲実物があるけど写真もある「りく寄贈の磬子(きんす)」



▲そして、どーーーん!!!

りくが弘前・大石家の親戚(大石庄司)に宛てた大三郎の仕官とるりの結婚のあと押しへの感謝と、内蔵助のおじさんが亡くなったことなどに触れている。(だそうだ)

手前は大三郎の手紙で、やはり庄司に宛てた内祝いのお礼と姉るりの結婚祝いのお礼。(だそうだ)

資料など熱心に見ているとスタッフのかたが、もちまき大会に使用するはずだった紅白のお餅をくださった

こちらの運営の皆さんからは「仕方がないや」という感じの脱力感を読み取ろうとすればできないこともないが、存外どーんと落ち込んだ感じでもなくピリピリもしておらず、淡々とやるべきことを進めている様子。(もちろんはらわたが煮えくりかえってる方もいらっしゃるはずですが)

「生憎でしたねえ」と声をかけると

「ほんま、よりによってねえ」と答えが返ってきた。

あたしが帰ったあと、こちらでりく娘さんの撮影会や、スタンプラリーの景品交換などがあったそうです。

りくまつりは今年を最後に来年からは休止すると噂で聞いた。

でもこれ、なんとか来年リベンジせんものかなあと思う。

ふたつともえ

さて

以上が豊岡さんぽの顛末なのでございますが…

今回、出かける数週間前から汽車の時間など決めたくていろいろ検索するんだけどなかなか欲しい情報が得られず困った。

結局、直接お電話やメールでやさしく対応していただいたが基本的に「他府県からわざわざ客が来る」という想定が無いような印象の応対だった。

このことは自分が今後、なにかを企画する上でたいへん参考になりました。

今度は海のほうにも行きたいな。

名物も食べたい。

行ってないりくさんのご両親のお墓もリベンジしなきゃ。

そそ。

また来たいと思いました ちんべえ



▲パレードがあるはずだった商店街通り。

もらったモチをナマでぱくつく。

BLIGHTさようござらば

みなさん、ごきげんようBLIGHT



▲和風の内装がイカす、はしだて2号。

(KTR8000形を改造した(の?)「丹後の海」)